そもそも「アキバ系」とは何ぞや


 最近、「おたく」という言葉に代わって「アキバ系」という言葉も多く用いられるようになってきた。しかし、「おたく」という言葉と同じく、「アキバ系」という言葉も、定義が非常に曖昧である。

 まずは、他の地名を頭に付けた「○○系」という言葉の用い方を調べてみながら、最終的に「アキバ系」という言葉の意味を導き出してみたい。

地名を頭に付けた他の「○○系」

 アキバ系以外の「○○系」という言葉で私がすぐ連想するのは「渋谷系」である。渋谷系と言っても音楽の方、つまり「小沢健二」や「ピチカート・ファイヴ」や「コーネリアス」や「カヒミ・カリィ」みたいな、ああいう、1990年代半ば頃に渋谷のHMVやタワーレコードなんかで人気があった、フレンチポップスやボサノヴァやジャズ等の洋楽テイストを取り入れたお洒落なサウンドのことである。私自身にとっても渋谷系のサウンドは青春の思い出であり、あの頃、渋谷系な音楽をよく聴いていたり、たまに渋谷に足を運んでCDショップに行ったり、TOKYO FMの道玄坂スタジオでパーソナリティのおしゃべりや音楽を聴いたりしていたのを思い出す。まァ、アキバ系を自称する私のことなので、渋谷での一番のお目当ては東急ハンズだったのだけれども……。

 それでは音楽の方でない「渋谷系」は何かというと、ファッション用語でも「渋谷系」という言葉がある。「渋谷系」はどちらかというとミーハーで109に代表されるギャル系、「原宿系」はどちらかというと個性的な例えばビジュアル系やロリィタ系、などと、細かくはもっと色々あるんだろうけど、まあ大雑把に言えばこんなところである。渋谷や原宿のデパートや洋服屋を見たり、歩いている人を観察したりすれば、傾向の違いが有る事がわかるだろう。

 さて最近知ったのだが、「中野系」のおたく、という言葉も存在するらしい。秋葉原を代表する店を「ソフマップ」や「ゲーマーズ」とするなら、中野を代表する店は「まんだらけ」というところか。つまり、アキバ系に比べてちょっぴりオシャレでレトロな、昔の漫画やおもちゃなど「なんでも鑑定団」にでも出てきそうなヴィンテージアイテムをこよなく愛するサブカル系なマニアといった雰囲気を持つ言葉である。残念ながら私は中野にほとんど行った事がないが、私はこういうのも好きである。


何が「○○系」を形作る


「店」と「客」の相乗効果が、街の傾向を作り出していく
(写真は巣鴨地蔵通商店街)

 簡単に言うなら、「店」と「客」が「○○系」と呼ばれる傾向を作り出している。同じ女の子でも、渋谷系の服が好きな人は、そういう店の多い渋谷に集まり、原宿系の服が好きな人は、そういう店の多い原宿に集まる。

 別に「○○系」と名前の付くものでなくても、似たような傾向はあるものである。ミセス向けファッションに強い銀座には奥様方が集まり、おじいちゃん・おばあちゃん好みの店の多い浅草や巣鴨には老人が集まり、学生向けの店の多いお茶の水には学生が集まる。そして、店と客との相乗効果によって、その街には独特の雰囲気が醸し出されていく。

 「アキバ系」についても同じことが言える。秋葉原には電子部品店やパソコンショップやゲームショップやアニメショップ、加えて最近ではメイド喫茶といった「店」がまずあり、次いでそれらの店を目当てに、電子工作マニアやパソコンマニアや漫画・アニメ・ゲームのマニアといった「人」がその街にやってくる。するとこの街は、ファッションでも寄席でも楽器でも参考書でもなく、電子部品やパソコンや漫画やアニメやゲームで満たされた街になっていく。この「店」と「客」の相乗効果によって、渋谷や原宿や銀座や浅草とは異なった独特の雰囲気が徐々に作られていく。


秋葉原はファッションの街ではない

 時々「アキバ系ファッション」という言葉を目にする。バンダナにチェックのシャツかTシャツにケミカルウォッシュのジーンズ、サイドポーチにリュックサックに紙袋。髪の毛は長髪を後ろで束ねる。たとえばこんな身なりのことである。

 はっきり言おう。こういう出で立ちの人もいるのは事実だが、流行でも何でもないし、「ファッション」と呼ぶような代物じゃない。そもそも秋葉原は一般的な意味でいうファッションの街ではないし、「こういう身なりがイケてるから」とオシャレや流行で着るのではなく、単にズボラなだけである。ここが、一部の大人が白い目で見る「ヤマンバギャル系ファッション」「ヒップホップ系ファッション」「パンク系ファッション」などと大きく異なる点である。

 それに、こういう服を専門に売る洋服屋が秋葉原にあった上でそう呼ぶのならともかく、実際にはそんなことはなく、せいぜい、地元のダイエーやしまむらなんかで昔に安く買った服を無造作に着ているだけだろう。(念のために書いておくが、ダイエーやしまむらの服そのものが悪いと言っているのではない。もし自分の顔や体型に合った格好良い服がうまく見つかって、うまくコーディネートできれば、良い買い物になるだろう。しかし、こういうスーパー系の服はよく選ばないとダサかったりオヤジ臭かったりとハズレを引く可能性が比較的高めなので、十分注意が必要であり、そのことを言っている)

 「アキバ系ファッション」なんてものは、飽くまでも秋葉原に来る一部の人のズボラな服装を皮肉った冗談に過ぎない。これを「ファッション」などと呼ぶのは、オバタリアン(死語)のズボラな服装を「オバタリアン系ファッション」と呼んだり、ホームレスの不潔な服装を「ホームレス系ファッション」と呼ぶようなものである。ファッションをナメた呼び方である。

 「アキバ系」というものが嫌われる原因のほとんどは、一部に見られるこのようなズボラなスタイルにあると言って過言ではないだろう。それは「おたく」とか「アキバ系」という言葉が、その人の趣味とは関係なく単に「ダサい服装」とほぼ同義で使われる事も多いことからわかる。裏を返せば、もし自分がアキバ系の趣味を持っていても、身なりさえ良ければ、それだけでもだいぶイメージアップになるということである。別に渋谷に入り浸って最先端のファッションを手に入れる必要があるとかいう意味ではない。突飛なスタイルを避けて、清潔感があり、好印象の持たれる身なり、ということが一番大事である。たとえば、ヒッピーみたいな長髪は避けて短髪にするだけでも、だいぶ印象が代わる。

 大体、「人は外見ではない」というのは嘘で、人の第一印象はまず外見で形作られるから、それが悪ければいくら内面が良くても目を留めようともしてくれない。それは一般人だろうがアキバ系だろうが同じこと、たとえるなら、たとえ中身が良くても、地味な表紙の同人誌より可愛い美少女の表紙の付いた同人誌の方が手に取ってもらえる確率が高かったり、同じ喫茶店でも「古炉奈」や「ルノアール」よりメイド喫茶の方が人気が高いのと同じである。

 誤解している人も多いので念のために書いておくが、パソコンとかアニメなどのマニアは大抵「アキバ系“ファッション”」だというわけではなく、あくまでも一部に過ぎない。清潔でこざっぱりした身なりの人も確かにいる上に、最近は「イケメンおたく」なんて言葉もあって、実際そんな人もよく見かけるし、彼女と二人連れで秋葉原に来ているなんて姿さえ、よく目にするようになってきた。いろんな奴がいる、というのが実情である。

 また、私がこの「週末アキバ系」セクションで扱う「アキバ系」とは、「アキバ系“ファッション”」を研究するという意味ではない。そもそもファッションとは呼ばないし、後述する長所も有る事は有るとは言え、基本的にはアキバ系趣味とは直接のつながりのない単なるズボラだから、研究する価値も特にない。あえて本当の意味での「アキバ系ファッション」が存在するとしたら、それはアニメ系や2ちゃんねる系のTシャツとか、メイドさんやアニメのキャラクターなどのコスプレのことだろう。前者は一部の店で売られているが、私の観察する限り、ほんの一部の人に人気がある程度で、アキバ系の人々の間で広く普及しているとはとても言えず、「アキバ系を代表するファッション」と言うのには少々無理があるだろう。後者については、有名なメイド喫茶はもちろんのこと、最近はこういう扮装で、店先に立って宣伝する店員も時々見かけるようになった。もっとも、これは飽くまでもイベント用衣裳とか制服に過ぎないから、普通の意味での「ファッション」とは趣を異にするのだが。


アキバ系“ファッション”の効用

 なお、アキバ系“ファッション”なるものの短所ばかりでなく、少しは長所も書いておこう。皆さんは山登りをする時に、タキシードやウェディングドレスを着るだろうか。スーツを着たまま田植えやペンキ塗りをするだろうか。ジーンズをはいたまま海水浴をするだろうか。恐らくそんな事はないだろう。ある活動をするには、その目的にあった服装を選ぶのは当然の事である。

 それでは、炎天下の秋葉原電気街とか、同人誌即売会会場の人混みを何時間も歩き回るのに、どんな服装が適しているだろうか。動き回りやすい軽装が良いに決まっている。まるでデートにでも出かけるかのようなおしゃれをするのは、場違いとまではいかないまでも、あまり実用的でないだろう。それに、リュックサックがあれば、あちこちの店で買ったたくさんの重い荷物を楽に持ち帰ることができるし、サイドポーチがあれば、長時間歩き回っても両手が空くので疲労が少ない。

 とは言え、同じ「動き回りやすい軽装」にしても、わざわざ好きこのんでダサい服装を選ぶ事はない。アキバ系“ファッション”は飽くまでも長所だけつまみ食いすべきものであり、全部真似すると単なるズボラファッションに堕ちてしまう。ファッションとは一部ではなく全体的な印象が問題だし、何よりも清潔感というのが第一である。「好感を持たれる爽やかな軽装」を目指したいものだ。


秋葉原は「萌え」だけの街ではない

 秋葉原は「萌え」とか「美少女コンテンツ」だけに特化した街ではない。それは、銀座が昼はファッション、夜は飲み屋と二つの顔を持っているのと同じだし、渋谷だって109や丸井ばかりでなく、HMVもあれば東急ハンズもあるのと同じである。

 昨今は「秋葉原」というと、何かと美少女系コンテンツが強調される傾向にあるが、これは秋葉原の店の扱う様々なカテゴリの、ほんの一部に過ぎない。そもそも、ここは秋葉原「電気街」であることを忘れてはならない。秋葉原電気街と呼ぶくらいだからもちろん電気全般には強く、家電や電子部品や無線やパソコンはもちろんのこと、ハイファイオーディオや真空管を扱った店もたくさんある。たとえ「萌え」系のものを求めていなくとも、これらのカテゴリのうちどれかに興味があるなら、一度は行ってみる価値があるのが、秋葉原という街である。

 もちろん、電子機器というハードウェアに強い街でありながら、映画やアニメ等のDVD、家庭用ゲーム機やパソコン用のゲームソフト、といったソフトウェアにも強い街である。加えて最近は漫画や模型を扱った店も増えてきた。しかし、これらに関しても、「萌え」系に限らず実に様々なカテゴリがある。美少女系のアニメが嫌いでも、ガンダムみたいなロボットアニメや他のアニメが好きならDVDがいろいろ出ているし、恋愛シミュレーションゲームが嫌いでも昔のレトロゲームが好きなら、そういうゲーム専門の店がある。セクシーな美少女フィギュアが嫌いでも、食玩とか戦闘機や鉄道の模型が好きなら、そういう店もいろいろあって、眺めてみるだけでも楽しいものである。

 そもそも「萌え」系にしても、キャラクターの可愛さよりもまずはストーリーが気に入ってという人もいるし、ちょうどハローキティやマイメロが好きというのと同じ感覚で「でじこ」みたいな可愛いキャラクターが好きという人も多い。可愛い女の子を題材にした漫画を描いてはいても、その「萌え」とは純粋な慈しみの気持ちであることも多く、「自分の娘のように大切に育ててきた自分のキャラクターを、よりにもよっていかがわしい表現で汚すなんて、頭に浮かびすらしないこと」と語る漫画同人誌作家もまた多い。必ずしも「絵の女の子に恋をして」とか「セクシーな魅力が目当てで」とかそういう人ばかりでなく、十人十色の感じ方がある。


選べば健全、アキバ系趣味

 しかし、こういう事を主張すると、中には「健全な作品もあるということをダシにしてるが、実際には、いかがわしい作品が目当てとしか絶対考えられない」とか「男のくせに可愛い女の子の出てくる漫画やアニメなんか見て気持ち悪い。絶対変な目で見てるに決まっている」と一方的に決め付ける人もいるだろう。

 そのくせ、レンタルビデオやインターネットや携帯電話やカラオケボックスを使う人を「絶対にいかがわしい目的で使っているとしか考えられない」などと決め付ける人は、あまりいないし、それらの利用を禁止している家庭はむしろ「いくら何でも全否定は行き過ぎだ」「お前のところのオヤジやババアって、超ありえなくない?」と言われてしまうこともあるくらいだ。確かにいかがわしい目的での利用も時に見られる上に、中には社会問題になっているというのに。

 果たしてどこが違うのだろう。後者は自分たちも実際に使っているものだから、実情を十分に理解している。しかし、アキバ系な漫画やアニメやフィギュアといった世界の実情は、マニア以外に知る人はあまりいない。だから、知ったかぶりでの決め付けがまかり通ってしまっている。これは、ペリーの肖像画を鬼か天狗のように描き、異人は「人肉を食らい、生き血をすする」と噂を立てた昔の日本人に似ている。「自分には理解できない世界」ゆえの、疑心暗鬼である。実情をよく理解せず、光の部分を無視して闇の部分ばかり殊更に際だたせて批判するのを、偏見と呼ばず何と呼ぼう。

 更に、外部から疑心暗鬼の目で見られているだけではなく、内部の問題もある。「アキバ系」について語る本や雑誌や有名ウェブサイトは現在、一部のエロ系マニアが自分の偏った視点から書いた記事を載せている事が多く、すると同じ漫画やアニメやゲーム等でも、すけべな楽しみ方が全てだと言わんばかりの偏った紹介がされることも珍しくない。もちろん私としては、その種のカテゴリが好きな人を批判するつもりは毛頭ないけれど、そういう偏った印象を植え付けるのだけは、いただけない。これは、その種のものが大嫌いな他の大勢のマニアにとっては「一緒にしないでくれ」と言いたい、全く迷惑千万な話である。

 私がこの「週末アキバ系」というセクションを作ろうと思った理由は、それらに対抗し、「健全なるアキバ系カテゴリの楽しみ方」がある事を紹介したかった、の一言に尽きる。ちょうど渋谷系文化がコギャルだけでないのと同じく、アキバ系文化は萌え系だけでなく様々なカテゴリがあるし、ごく一部にあるエロ系美少女コンテンツが大嫌いな人でも、それら以外の沢山のカテゴリから選んで健全に十分楽しめる。昔から健全系アニメ作品や漫画同人誌をたくさん楽しんできたり、健全系専門マニア同士の交流があったりした私自身の経験からも、このように言える。とにかく、いろんなカテゴリがゴッタ煮のように混在していて、どれを選ぶも自由、どう楽しむも自由、これが秋葉原の魅力といって良いだろう。


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