アキバ系文化を語るキーワード: 萌え



「萌え」はしばしば、「仔猫を可愛がる気持ち」に喩えられてきました

論争の絶えない「萌え」の定義

 数多くあるネット俗語のなかで、「萌え」という言葉ほど、十人に聞いて十人とも違った答えが返ってくる言葉はない。特に最近、アニメマニアの間ではこの言葉の定義をめぐる論争が絶えない。特に意見の相違が激しいのが、「『萌え』にエロが含まれるか否か」という問題である。それを肯定する人も多ければ、「萌えとは決して相手に手を出さずに慈しみ見守ることだ」「仔猫を可愛がるような純粋な気持ちのことだ」と主張する人もまた多い。

 ここでは、私の知っている範囲で歴史をひもときながら、「萌え」の意味について探っていく。結論から先に言うなら、「愛」という言葉が博愛や家族愛から恋愛まで幅広く指すのと同じく、「萌え」という言葉も、慈しみの感情やプラトニック・ラブから官能的情欲まで幅広い意味を持つ言葉であることがわかる。

「萌え」=壊れてしまうほど熱狂的に愛している様子

 今でこそ「萌え」という言葉がテレビにも時々登場するようになったが、この言葉は決して最近出来た流行語ではなく、十年以上前からアニメマニアの間で使われ続けている流行語である。

 私が「萌え」という言葉を初めて知ったのが1994年頃であり、パソコン通信の掲示板でよく見かけたものだった。とは言え、当初は「萌」という漢字は使われておらず、専ら「もぇ」とか「もぇ〜」と平仮名で書かれていた。また、それほど頻繁には見なかったが、「燃え」という表記も、ある事はあった。当時私の利用していたネットの有志が作成したネット用語辞典(CONNECT−NET 怪語辞典 初版)によると、「もぇ〜」とは「何かに熱中したり、好きなもの憧れたりするものに対して用いる動詞」という説明であった。

 そのしばらく後に、「萌え」と漢字が宛てられた表記を段々目にするようになってきた。なぜ「萌」の字が宛てられたのかという語源説についても未だに論争が絶えないし、実際のところ私もわからない。しかし、ひょんな事から「萌」の字が宛てられた表記が途端に好評を得て広まってしまい、また当時のアニメや漫画作品の登場人物に「萌」の字を含むキャラクターも幾らかいたことも手伝って、「萌え」という表記が急速に広まっていった、ということだけは、どうやら確かなようである。

 さて当時は、「萌え」という言葉はどのようなニュアンスで用いられていたか。参考までに、私の持っている当時の定評あるネット用語辞典のうち一番古い版である、「波動用語の基礎知識'95 Ver 1.05.00」(1995/04/06版)の解説から、一部を引用する。

#萌える                 [モエル] 〔一般動詞/感情〕
                        非常に熱狂的な様子. 愛していること. もえる, と読む.
                        燃え 燃え゙ 燃゙え 燃゙え゙ 燃ゑ 燃ゑ゙ 燃゙ゑ 燃゙ゑ゙
                        萌え 萌え゙ 萌゙え 萌゙え゙ 萌ゑ 萌ゑ゙ 萌゙ゑ 萌゙ゑ゙
                        など多数の表記方法がある. 濁点が多いほど愛の度合が強い
                        と見られることもある(場所によりけり).
                        【用例】チャチャ萌え, ぷに萌え
                        ◆萎える
#萌え〜                 [モエー] 〔感動詞〕
                        雄叫び. たいそう気に入った様子.
                        ★い゛〜〜〜〜★脳味噌溶解★脳味噌がメルトダウン
#萌え萌え               [モエモエ] (MOE-MOE) 〔形容動詞〕
                        溺愛していること.
                        【用例】よっきゅん萌え萌え
#萌え尽きる             [モエツキル] 〔一般動詞〕
                        波動系への熱烈な愛により, 完全に壊れること.
                        ★全壊★ぶっ壊れる
#モヘー                 [モヘー] 〔名詞〕
                        萌えている, の意. 壊れている人が使う.
                        【用例】> ぷにぷにぷにぷにぷにぷに‥‥モヘー
                                ついに君も壊れましたね(^^;同士!!(ォ

 まず、「萌え〜」「萌える」という語や派生語の類である(なお、解説文中の「波動」とは「一般人には近寄り難いコアなマニア」、「波動系」とは「その種のマニアの好む趣味」の事を指す語として当時使われていたネット用語である)。ここには一部を紹介するに止めたが、「燃え」という表記がある事、類義語として「(脳味噌が、精神が)壊れる」といったニュアンスの語が挙げられている事がわかる。つまり、「コワれておかしくなる位熱狂的に愛している」様子、といったニュアンスである。参考までに「壊れる」の解説も挙げておこう。

#壊れる                 [コワレル] 〔一般動詞〕
                        (1)思考が明らかに正常ではなくなること.
                            理性が崩壊し, 煩悩の増幅を自己の理性のみでは抑えら
                            れなくなった状態を指す. 
                            【用例】>こないだ電車に乗ったら隣にプニな子が(^^)
                                    壊れてきてますね〜
                        (2)波動のあまり, 脳の処理が非正常化すること.
                            アニメ等への愛のあまり, 文字化けしたような書き込み
                            を書いてしまったりする.
                            程度が凄すぎると, ぶっ壊れたと言われる.
                            【用例】>も燃萌えム張x;Zヒ@百<,秣^NO CARRIER
                                    壊れてますね
                        ※本当に「壊れている」とは半端なものではない.
                          何故そのネタからそういう思考に走るのか, と壊れていな
                          い人には絶対に理解できないような思考を取るのである.
                          上記の例文はほんの一例にすぎない.
                        ★ぶっ壊れる

「愛」という言葉と同じくらい曖昧な言葉

 さて冒頭に述べた「『萌え』にエロが含まれるか否か」であるが、この用語辞典を含め、当時のパソコン通信での用例を見てみると、すけべなニュアンスを込めて使われていた例も時々見かけるのは、残念ながら事実である。とはいえ、辞書というものは過信してはならない。私が当時のパソコン通信で生きた用例を見てきた限りにおいては、当時でさえ、そのような用法が全てだったわけではない。単に「熱烈に夢中になっている」程度のニュアンスに過ぎない事も多かったし、現在の2ちゃんねるスラングで言うところの「(・∀・)イイ!!」、つまり「こいつは問答無用でおすすめだ」というような感じで用いられることも、たまにあったのを覚えている。

 「萌え」の対象となるのは何か。当時の用例からすると、(1)漫画やアニメやゲームの美少女キャラクター、(2)女性アニメ声優や女性アイドル、(3)身近に見かける実在の女の子、の三つに関して用いられる事が多かった。しかしそれだけが全てというわけでもなく、猫のような可愛い動物や、プログラムに関してさえ用いられる例があり、珍しいところでは、以下に引用する「まりも萌え」などというものもあった。

#養殖まりも             [ヨウショクマリモ] 〔名詞〕
                        Microsoft Windows 用の環境ソフト
                        窓でまりもを飼うプログラム. 著作権者は UME20 氏.
                        水槽の水を取り替えたり話し掛けたり, さらには持ち上げて
                        なでたりと色々楽しめ, しかも時間が経てば成長して大きく
                        もなってゆくという, まりもとの蜜月の日々を堪能できる.
                        まりもマニアには豪萌えアイテムであるに違いない.
                        窓を使っている人はスタートアップに常備したい一品.
                        ★まりも

(以下未稿)


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