世の中には二種類の人間がいる。
男が少女漫画を読むことを普通の事と思う人と、白い目で見る人である。
これを見た時非常にびっくりしたのだが、昔、「週刊少年ジャンプ」に、「男の子にも読んでほしい」というキャッチフレーズ付きで「マーガレット」の広告が載っていたのを思い出す。
少女漫画ってどんなものなのか、ちょっと読んでみたいと思う男の子も中にはいるだろう。私もその一人であった。だけど、ちょっと読んでみる、たったこれだけのことなのに、その前には、大きな障害が待ちかまえている。
残念ながら、日本では「男が少女漫画を読む」ことに対する世間の反応は、はっきり白黒に二分される。「別に良いじゃないか」とか「むしろ男にも読んで欲しい」という人と、「少女漫画は女が読むものと決まっている。男が読むなんて、動機が不純で異常としか思えない」という人である。前者の家族や友人に囲まれているなら、全く問題ない。しかし後者の家族や友人に囲まれているなら悲惨なものだ。読んでいることがバレようものなら、友人との縁を切られることは、まず覚悟しなければならないし、家族との縁も一気に危うくなる。また、クラス中や近所中に変な評判が立つのも覚悟しなければならないのは言うまでもない。
だけど少女漫画とは、我々にとって、このリスクを冒しても是非読みたい禁断の世界である。ごく一般的に日常を送っていたらなかなか会うことのできない別の世界が、そこにはあるのだから。
“最近、息子が少女漫画を読むようになりました。男の子がこういうのに興味を持つなんて、とても不安なのですが。”
たまに人生相談で見かける台詞である。しかし心配するに及ばない。それどころか、むしろ安心して良いほどである。一言でまとめるなら「肉体より精神を重視するから少女漫画」。一般的に、少年漫画は肉体を強調し、少女漫画は精神を強調する。男の子が少女漫画を読むようになる背景には、少年漫画の一部に見られる、暴力と性を強調する傾向への反撥が、往々にしてあるものだからだ。また、少年漫画にはあまり見られない、登場人物の繊細な心の動きを抒情的に扱った作品に興味を持ったことがきっかけかもしれない。女きょうだいや級友の女子の読んでいる本を借りて興味を持った人も大勢いる。
誤解されがちなことだが、少女漫画のヒロインに恋心を持ってとか、すけべ心を持ってとか、そういう鑑賞をしている人は、100%いないとまでは言わないが、全体からすればごく少数である。大体、少女漫画の世界とは、ヒロインに恋する少年漫画と違い、ヒロインに感情移入して読むものであるし、少女漫画に清純さを求めるのは女性読者より、むしろ男性読者の方である。「清純な物語だからこそ少女漫画」を選ぶ男も決して少なくない。そういう男性にとって、すけべな下心など、清純さの幻想を打ち壊す不快極まりない要素以外の何物でもないのである。
一つ注意していただきたいのが、最近残念なことに、成人雑誌まがいの過激な性描写が頻繁に登場するような少女漫画作品も一部で増えてきており、そういう作品を避けたい人は、あらかじめチェックする必要が出てくる、そんな時代になってきた。それも小学生〜高校生くらいをターゲットにした、18禁マーク無しの本であるから、余計にたちが悪い。しかし私の観察する限り、少女漫画好き男性でその種の作品が好きだと公言している人など、ほとんど見かけたことがないし、エロ系の漫画同人誌やゲームにハマっているおたく男子連中でさえも、そういう作品の過激な描写にはさすがに引いてしまう程のようである。さっき、男は少女漫画に清純さを求めるものだと書いたが、この事からもそれがわかるだろう。それに、古くからの少女漫画愛読者には、この種の作品は男女を問わず大抵不評であり、「昔の少女漫画は良かった」という声をよく耳にする。
最後に、男性が少女漫画を読む事に関しては、昭和50年代以降、だんだん社会的にも一般化し容認されてきている。「マーガレット」や「少女フレンド」を小学生が読んでいたような時代(昭和40年代以前)の常識は、今や過去のもの。今では大人の鑑賞に堪える少女漫画作品が数多く登場し、「少女漫画は子供の娯楽」だけでなく大人も楽しめるものに変わっている。
以前に比べるならば、男が少女漫画を読む事はだんだん社会的に認知されてきている。とは言え、問題が全くないわけでもない。
家族に姉妹のいる男性は、そうでない男性に比べ、一般的に少女漫画に詳しいし、それがきっかけで少女漫画好きになった人も多い。
しかし、そんな家庭でなければ、男性に少女漫画などいかにも少女的な本などを与える奇特な親などまずいないだろうし、何かのきっかけで自分から興味を持たなければ、恐らくそんな世界に触れずじまいであろう。
漫画とはちょっと離れるが、「赤毛のアン」が好例であろう。多くの男性にとってこれは、「まあ、なんてすばらしいんでしょう、みたいな大げさな感動詞が延々と続くような作品で、よくわからない」というのが第一印象であろう。あのような少女的な空想の世界というものは、男性にとって一朝一夕に理解できるような代物じゃあ、ない。リボンとフリルのたくさん付いたドレスを来たフランス貴婦人たちが舞台で歌ったり踊ったりする、宝塚歌劇の「ベルサイユのばら」の世界に、すぐに入っていける男性はどれだけいるだろう。吉屋信子の「花物語」に代表される大正〜昭和初期の少女小説に見られるような、繊細で感傷的な世界も同様である。何ヶ月、何年かこういう作品を鑑賞して「ああ、なるほど、こんなことだったのか!」と悟れる男性はいい方で、なかなか理解できない男性も少なくない。
ただ、私に言わせるなら、男女問わず、こういうのは「何か読んでて恥ずかしい」とか「虫酸が走る」なんて最初は思っていても、こういう世界に慣れてくると、むしろ、その気恥ずかしさが、かえって楽しめてくるものであると思う。例えは悪いが、ちょうどギンナンやクサヤやドリアンが、外側は臭くても中身はおいしいみたいに。そして、青春ドラマで例えるなら「夕日に向かって走ろう!」「おお!」と叫んで川の土手を走るラグビー部員が出てきたり、海に向かって「青春のバカヤロー!!」なんて叫ぶのを「お約束」として楽しめるのと同じように、少女小説や少女漫画も、だんだん「お約束」がわかってくるようになるものである。
こればっかりは好みの問題なので、どうしようもないけれども、少女漫画的なかわいい絵柄に抵抗を感じる男性も多い。あの「お目目ぱっちりに小さな口の、お人形さんみたいな女の子」の絵を、あれは人間を描いた絵じゃない、デフォルメだなんて納得できないなんて主張する男性も。
男性は少女っぽい本を読むべきではない、という風潮のためか、そのような本を読むことが恥ずかしい男性は多い。または、家で姉妹に借りるのはあまり恥ずかしくないけど、本屋で少女漫画を買うのは恥ずかしかったり。
ただ普通に鑑賞していて、エッチな妄想を抱いているわけでも全然ないのに、変態だとかおたくだとか、最悪の場合「宮崎勤予備軍」とまで勝手にレッテルを貼られることもしばしばある。また、「そういうの読んでること自体、周りに迷惑かけてるんだよ!」とまで言われることもあり、このような作品に触れることを躊躇させる原因ともなっている。
一部の人に嘲笑される程度ならまだいいが、しつこい反対や、焚書などの迫害を恐れ、隠れ少女漫画ファンとなっている男性読者は多いのではなかろうか。
これまた漫画からはちょっと離れるが、黒柳徹子著「窓ぎわのトットちゃん」をお読みになった男性諸氏の多くは、この本を教育問題や戦時下の歴史について考えさせる本として興味深く読んだに違いない。しかしながら、同著の文庫版あとがきによると、男性読者には「タレントが書いた」「表紙が女っぽい」という理由で、最初のうちは敬遠していた人も多かったという。なるほど、いわさきちひろの柔らかなタッチの水彩画は、どちらかというと絵本的で、成人男性の中にはちょっと敬遠してしまう人もいるのかもしれない。しかし、家人がどうしてもとすすめるので読んでみたところ、本当にいい作品だったことを発見したという。
少女漫画も同じである。「女しか読まない本」だと決め付けて敬遠するのは「食わず嫌い」に他ならず、心に残る良い作品を読む機会をみすみす逃していることになる。
こんなサイトを作っている私なので、さぞ少女漫画に詳しいだろうと思われているだろうが、実は私自身は、少年漫画も少女漫画も、にわか造りの付け焼き刃程度の知識しかない。むしろ、一般人に比べたって読んでない作品だらけである。
普段の読書は専門書や難しい本からいろんな小説や随筆まで、漫画も今では前ほど読まなくなったが、かつては「水や空気のようにどこにでもある」少年漫画ばかりに偏っており、少女漫画は、(漫画を含めた)読書全体からするなら「おやつ」「日曜趣味」程度であった。
それでも、読書の幅が広がるというのはとてもいいことである。これまで知らなかった世界を知ることになり、視野を広げたり感性や話題を豊かにするメリットもある。
少女漫画の少女趣味、乙女チックな世界を味わうということは、これまでそれらに一切触れたことのない男児に一朝一夕にできることではない。違う世界から物事を描いているように見えて、何がなんだか理解不能というのが普通であろう。だからたいていの男性は、少女漫画を少し読み進めたあたりで、「わからん!」と叫んで放り出すことがほとんどだろう。
私もかつてはそうだった。そのような作品は面白そうだという憧れがいくらあっても、どうもその世界を味わうということができなかったのである。
しかし、それを理解できるようになる瞬間というものは、突然にやってくるものである。ちょうど昨日自転車に乗れなかったのが嘘のように、今日すいすいと自転車に乗れるようになった子供のように、リリカル(叙情的)な世界の味わい方、「絵のポエム」なる少女漫画の鑑賞法が、突然、自分のものとなるのである。そして、自分の視野も広がり、きっと感性も豊かになるであろう。
「実は私も少女漫画ファンなんだけど、このことが女性に知られたら変態に思われるんじゃないか」と、しりごみしている男性諸氏は多いことだろう。
こんな女性も確かにいるけれども、その一方で、自分の大好きな少女漫画作品を男性にも読んで欲しいと思っている女性もまた多いのである。中には自分のお気に入りの作品を、あんまり気乗りしてない男性へ押しつけて読んでもらう人もいるくらいである。そんな人たちと共通の話題ができるのは、うれしいことではないか。
残念ながら、古書店での少女漫画の評価は少年漫画より低く、少女漫画の買い取りお断りの店も多いし、少女漫画は一般的に少年漫画より値段が安く付くことが多い。見切り品や特価品コーナーでかなり安く売られていることもしばしばある。(昔の「お宝」ものにしても、少年漫画で十万円単位のつく漫画はよく見かけても、少女漫画で万単位の付いているのを見かけたことなど、ほとんどない。)
しかしこれは、逆に考えるなら、あまり財布を傷めずに作品を楽しめるというわけで、メリットとなるのである。
本当のところを言うと、こんなに廉価に入手できなかったり、巻数があまりにも多すぎたりしたなら、恐らく私は少女漫画を読んだり集めたりしようなんて思わなかっただろう。
少年漫画の単行本で10巻を超えない作品はほとんどが短期連載か連載中止作品というわけで珍しく、一作品全部を読もうとすると数十巻集めなくてはいけないことがほとんどである。
それに対し少女漫画は月刊誌連載がほとんどであるためか、10巻を超える作品の方が珍しいくらいである。したがって、少年漫画一作品の単行本を揃えるだけの金額で、少女漫画の単行本が数作品も揃えられてしまい、集めやすくお得なのである。
私は男だけど、少女漫画ってどうやって買うの? どんな種類があるの? どんな店がおすすめ?などなど、少女漫画初心者の皆さんのご質問にどしどしお答えいたします。
【問題】
男のコだって、いつかは読んでみたい少女漫画。でも作品に触れる機会が少ないと、はじめの一歩(幕之内IPO君ではない)がなかなか踏み出せないもの。さてどうする?
【解答】
間違っても2番をやっちゃいけません。変態だと思われます。こういうのは、お話の世界で鑑賞して楽しむだけにとどめておきましょう。
1番も、例えば全7巻中の4巻目か5巻目を取ってしまって、話のストーリーに付いてけなくなる可能性大なのでやめときましょう。
3番は間違ってはいないのですが、何しろ場所を取って目立つし、それが刺激となって家族の反対を受けないか心配です。その問題が特にないとか、自分の姉妹と一緒に少女漫画雑誌を読んでる場合は、本当はおすすめなのですが。
というわけで正解は4番です。少女漫画と一口に言っても、リボンにフリルにお目目ぱっちりのラブリーな漫画ばかりが少女漫画ではなく(「ちびまる子ちゃん」がいい例です)、ストーリーも絵のタッチも千差万別です。自分が「これだ!」と思う作品に巡り会うまで、とにかくいろんな作品に触れてみましょう。
【問題】
少女漫画はどこで買えばいいの?
【解答】
結論から言うと全部正解です。ただし少女漫画が売られているならばの話ですが。コンビニでは少女漫画雑誌はよく売られてますが単行本はあまり見かけません。そんな場合は素直に書店に行きましょう。古めの作品なら、古本屋の方が断然安いのでチェックしましょう。
なお、初心者には4番よりも、バイト店員がコロコロ入れ替わるような(?)3番がおすすめです。5番は同士が多い店なので、少女漫画の気恥ずかしさはあまり感じないながらも、おたくに混ざるのが恥ずかしいという人は、慣れるのに時間がかかるかも……?(でも慣れてしまえば種類も豊富で便利ですが)
【問題】
少女漫画は幾らくらいで買えるの?
【解答】
2番が正解です。ただし定価での話です。古本屋に限って言うなら1番も時々ありますし、そこまで極端でなくとも一冊100円の本はザラです。
少女漫画は月刊誌連載が多いせいか10巻以下の作品ばかりですから、3番になってしまうことなどまず考えられません。「ガラスの仮面」みたいに四十数巻出てる作品も例外的にありますが、ボーナスがスッカラカンはないでしょう。
【問題】
初めて少女漫画を買いに行くときの服装は?
【解答】
間違っても1番、2番をやっちゃいけません。変態だと間違われます。
3番の典型的なおたくファッションは、本当にやってる人の方がめずらしいと思うので却下。
4番って受け狙いですか?
5番も受け狙い? 別に構いませんよ。でもペンキ汚れ一つ無い、ノリのきいた作業服というのは、かえって恥ずかしいですよ(普段はホワイトカラーだというのがバレバレ)。
というわけで正解は6番と7番。いずれにせよ、清潔感のあるファッションを目指しましょう。
【問題】
お目当ての作品を手早く見つけるコツは?
【解答】
間違っても1番をやってはいけません。怪しい人だと間違われます。
また、3番は勇気があればの話です。怖いもの知らずのチャレンジャーは是非挑戦を。
理解ある人がいるならば、2番は非常におすすめですが、不可能な場合の無難な線は4番でしょう。ちょうど少年漫画でもジャンプ・マガジン・サンデー連載作品で背表紙のマークが違うのと同じで、少女漫画も出版社や連載誌の違いによって背表紙のマークが違っています。次に、書店ではほとんどの場合作者名の五十音順に並んでいるので、作者名を覚えておくのは非常に重要です。
【問題】
お目当ての本をある棚の周りには女のコがたむろしてる。さあどうする?
【解答】
1番や2番をやってみたいって? 別に私は止めませんよ。でも「何あの人、ちょっとおかしいんじゃない?」と後ろ指を指されてしまっても知りません。
我慢強い人や気の弱い人は3番でもよいでしょう。しかし待ちきれなかったら4番です。おどおどせず堂々と、何でもないかのように簡単に「ちょっとすみません」と言えば、何事もなく事が運ぶものです。
【問題】
「ラッピングしますか?」と言われたら?
【解答】
1番や2番は、やめときましょう。バレバレです。いちいち言い訳する方が、かえって怪しい。もし聞かれても4番のように簡単に断れば、すんなり事が運びます。
でも正解は5番です。この21世紀にもなって、男が絶対少女漫画を読まないなどという時代ではないのは、店員も十分知っています。それに、そもそもその本を本人が読むのか他人が読むのかなど、店員は興味ないことです。ただ事務的にレジ打ちをするだけです。ですから普通は、こちらからラッピングをお願いしない限り聞かれることはありません。
3番をやってみたいって? いいですよ別に。
【問題】
家には他の家族が。さて保管場所は?
【解答】
家族の反応が未知数のうちは、1〜4は避けておきましょう。6番のように、とりあえず「外から見えない場所」に置いておくのが無難。
腹を立てられたり、破かれたり、勘当されたりすることがわかっていながら、部屋に少女漫画を山積みにしたり、さくらちゃんの大きなポスターを貼ったりする理由がどこにあるでしょう。堂々と置いていい時といけない時を見極めなくてはいけません。
多くの場合、鍵を掛けて隠す必要まではありません。外から見えないというのが一番重要です。
「家に他のお客さんがやって来た時、少女漫画キチガイの息子がいることがバレたらどうしよう」みたいな不安は、我々からしたら全く馬鹿馬鹿しい不安ではあるけれど、とりあえず理解を得られるまでの間は、こちらが少し譲歩してあげて、その不安を少し解消してあげましょう。
なお、私の経験から、5番も実は有効な手段です。「少女漫画しか読まないのは許せないけど、たまに読む程度なら許せる」という人も結構多いもの。私は元々漫画をほとんど所持しておらず、初めて少女漫画収集に熱中し出した頃は少女漫画ばかりしか所持してなかったため、さんざん誤解されましたが、後に、私が実は「少年マガジン」をよく買ってたことや、「巨人の星」など少年漫画も結構集めてたことが家族にもバレ、また「言っても無駄」とあきれられたこともあってか、今はあまり言われなくなりました。
とにかく「家族の誤解を解くのは二の次でよい、まずは安心させろ」。これに尽きます。まず安心すれば誤解を解くのも楽ですが、逆に誤解を解いて安心させるって結構大変なものです。