「おたく受難の時代」を知らない子供たち(1/2)

2004/10/10

幼女連続誘拐殺人事件の犯人である宮崎勤が逮捕された1989年に始まる数年間、それはまさに「おたく受難の時代」だった。同人誌即売会「コミックマーケット」の参加者をン万人の宮崎勤と形容する失礼極まりない発言をはじめ、アニメマニアはみんな女の子を性的に虐待する猟奇殺人者予備軍であるかのような偏見が、連日のワイドショーで日本全国に流布された。そして、たとえ健全作品を時々適度に鑑賞する程度の健全そのもののアニメマニアであっても、「こんな趣味は気持ち悪い、汚らわしいから絶対止めなさい、あなたも宮崎勤みたいになって家族に迷惑かけてもいいの?」と家族に問い詰められて、泣く泣く本やビデオなどを捨てさせられたり、勝手に捨てられてしまう。こんな風景が日本の至る所で繰り広げられた。

蛇足だが、歴史とは繰り返すもので、今度は1995年に地下鉄サリン事件が起こり、オウム真理教強制捜査が始まると、宗教の熱心な信奉者はみんなオウム真理教みたいにマインドコントロールや殺人を行うテロリスト予備軍であるかのような偏見が流布され、たとえそのような危険な宗教組織に所属していない平和を愛する信仰者であっても、“宗教はみんなオウムみたいなもので危険だから止めろ”と言われて迫害される、そんな雰囲気があった、宗教受難の時代であった。

閑話休題。私自身は昭和の頃から、今風に言うと「銀河鉄道999」のメーテル萌えや「うる星やつら」のラムちゃん萌えなアニメおたくの姿を見てきたし、パソコンマニアや同人漫画ファンの姿も見てきたが、彼らが犯罪者予備軍みたいな人でないことは十分承知していたし、自分自身も制約無く自由に漫画やアニメを見てパソコンを買える大人になったら、ちょっとしたマニアの仲間入りしたいほどの憧れの対象であった。現に、イトコにパソコンマニアがいたり、中学時代、アニパロ漫画にハマってる同級生女子が何人もいたりしたし、本当に身近に知っている事実であった。

そんな平和的な愛好家たちが、いっぺんに無実の罪を着せられて社会からの迫害の対象になってしまったのだから、私の憤りは尋常ではなかった。私はまだ「おたく」と呼ばれるほど(どころか同年代の一般的な人に比べてさえ)漫画もアニメもろくに見た事がないし、パソコンも十分使いこなせていない。でも自分もおたくに同情するし、肩を持つことにしよう。そして自分自身もいつかおたくの仲間入りしよう。いつか社会を啓蒙し、彼らの無実を見事に晴らしてみせる、と。

しかしもはや、あの平成元年の悪夢から15年が経過した。「おたく受難の時代」にまだ小さな子供だった世代が高校生や成人になり、「おたく受難の時代」をあまりよく知らない世代のおたくも増えた。世間一般の価値観もおたく一般の価値観も15年前と比べると本当に変化した。まず第一に「パソコンおたく」という言葉が半ば死語に近付いている。ヤンキーカップルが普通の事のようにドン・キホーテでノートパソコンを物色し、メルアドを持ってない高校生などクラスに一人二人いるかいないかというほど電子メールが普及し、小学生からおばさんまで携帯で顔文字だらけの奇怪なメールを携帯で四六時中送り続ける、そんな時代を誰が予想し得ただろうか。

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