アヤシイ電話セールス・体験談


第0章 前兆 〜謎の電話〜

 謎の電話、というものは、1、2年くらい前からかかり始めた。
 「もしもし、株式会社***ですが、K――さんですか」と、男の人から電話がかかってきた。

電話 「K――何さんとお読みするんでしょうか?」
私  「K――H――です」
電話 「今、大学生でいらっしゃいますか?」
私  「違います、高専生なのですが」
電話 「そうですか。……どうも失礼しました」

 多分、これは名簿屋なのだろう、と後で考えたが、それにしてもちょっと奇妙な電話だった。

 そして私が学校を卒業して20歳の春、社会人1年生となったのだが……どうも、また家には奇妙な電話がかかり始めたらしい。それはこんなものだったそうだ。


電話 「もしもし、ムラカミと申しますが、H――さんいらっしゃいますか?」
母  「今出かけていて、いないのですが」
電話 「そうですか。それでは、どうも失礼しました」


電話 「もしもし、ムラカミと申しますが、H――さんいらっしゃいますか?」
父  「あの……(おたくは)学校の関係の方ですか?」
電話 「……ええ」
父  「今出かけていて、いないのですが」
電話 「そうですか。それでは、どうも失礼しました」

 「学校に『ムラカミ先生』っているの?」私は父や母にそう聞かれた。でも、学校にいる「ムラカミ」という名前の教官や技官など私は知らないし、そんな名前の学生も知らなかった。

 「きっと、誰かが学校の教官か学生になりすまして電話してきたということなのだろう、」家族はそんな結論に至った。しかし、なぜ?


第1章 3万円の海外旅行!?

 1995年4月15日(土)、午前10時過ぎのことだった。レジャー産業会社を名乗る女性から電話がかかってきた。

 「こちらは株式会社***(アルファベット3文字の会社名だが忘れた)のムラカミと申します。現在、H――さん(ファーストネームで呼ばれた)に当社の宣伝の一環として、入会費免除のキャンペーンを行なっています」とのこと。

 だけどバックにはロック音楽がかかっていて、ちょっと聞き取りづらい。

電話 「あ、もしもし、もしもし、聞いてますか?」
私  「はい」
電話 「現在、当社の宣伝の一環として、入会費免除のキャンペーンを行なっているんです。そのことをH――さんにお伝えするためにお電話を差し上げたのですが、これまでにこのような内容の電話はありましたか?」
私  「え? ありませんけど……」
電話 「一度も、なかったんですか?」
私  「ええ……私の覚えている限り、ありませんけど……」
電話 「あ、そうですか?……H――さんには何回かお電話を入れたんですが、なかなかお会いできなかったようで。でもやっと会えてよかった。入会すると、北海道旅行なら何と\3,000、近場なら\1,700、しかもねるとんパーティなどのイベントも行なわれるんですよ」

 ねるとんパーティなど、どーでもいい。そんなのにゃ興味のない私だったけれど、付き合いだと思って話を聞いてあげる。

電話 「ところで、H――さんは海外旅行へ行くとしたら、どこへ行きたいですか?」
私  「中国」

 相手はきっと目が点になったのだろう、ちょっとビックリした様子だった。だって、いわゆる“最近の若者”は、アジアじゃなくて欧米とかリゾート地をを旅行したいと思うものだろうから。

電話 「えっ、どうしてですか?」
私  「中国語を勉強しているので」
電話 「そう。どうやって勉強しているの?」
私  「ラジオ講座で」
電話 「へえ、がんばり屋さんなのね。……ええと、ところで、グアム・サイパン5日間って、普通いくらくらいすると思いますか?」
私  「大体……十数万でしょうか?」
電話 「そう思うでしょう。でもグアム・サイパン5日間なら何と3万円です」

 私は、(お目当ての中国旅行も、それくらいの格安料金で行ければいいのだが)と、ほのかな期待を抱きながら、聞き続けた。

 だけど、本当は冷静になって考えてみればわかることなのだが、いくら宣伝費からの割引とはいえ、3万円じゃ飛行機代で精いっぱいだ。それに、会員になったからといって自動的に、何度も何度もこの割引料金が適用されるものなのだろうか。この会社の収入源は、一体全体どこにあるというのだろう! 無からお金を自然発生させるという、全くすばらしい会社だ!

電話 「当社は電通や西武グループの協力を得てこのようなことを行なっています。* これまではTVCMで宣伝していたが、思うように知名度が上がらなかったんですね。H――さんは当社のCMをご覧になったことはありますか?」

(*)ウソに決まってます、当然。

私  「ええと……私の覚えている限り、ありませんが」
電話 「そうですよね、同じ宣伝費を使うなら、電話による方法の方が効果的だということで、今回このようにしてお電話を差し上げたわけです。そういうわけで、最近テレビで問題になっているような、ああいうのとはちょっと違うんですよ。お分かりいただけたでしょうか」
私  「はい」

 しかし、次の一言が、なるほど、良さそうな話だと聞いていた私の気持ちを揺るがし始めた。

電話 「それでは、説明会が渋谷で開かれるので、来て下さい。今日の午後は空いていますか?」

 まったく驚いた。ここは木更津である。渋谷まで電車で行くとしたら切符代がいくら、時間も何時間かかると言うのだろう。しかも、私がわざわざそのために渋谷まで遠出することが当然のことのように話している。普通、営業でお客さんを取りたいのなら、むしろ向こうから木更津まで出向くのが当然ではないか。

私  「すみません、これからちょっと出かけるので」
電話 「それじゃ、明日の日曜日は」
私  「この日もちょっと出かける用事があるんです」
電話 「でも、一日中出かけているわけじゃないですよね、何時くらいに帰って来るんですか?」
私  「午後7時頃ですが……ええと、忙しいので、資料を郵送していただくことはできませんか?」
電話 「ええと、そういうのはやっていないんですよ。」

 会社が宣伝活動をする時は、パンフレットの一枚や二枚は用意しているのが普通ではないだろうか。ましてや、いいお客さんになりそうな人に対しては。それを用意してないとは、どういうことなのだろう……? 疑念が頭をよぎった。

「ところで、H――さんは渋谷に来たことはありますか?」
私  「一度もないです」
電話 「そうですか。わたしも田舎者なので、都会は初めてなんですよ」

 そして、次の日のウィークエンドは空いているかどうか、また聞く。でも私はちょっと多忙な人間、まさか口に出しては言わないが、(たかがこんな用事のために金と時間をかけて、木更津という片田舎(?)からはるばる渋谷に行くなんて、優先順位の最下位に押しやるべき用事だ!)と思った。
 そして22・23日も行かれないことが判明すると、電話の主は「また今度電話します」と言って電話を切った。

 「あれ、ゼッタイ怪しい!」家族の者はこう断言した。私もうすうすそう感じていたのだけれど、(もしかしたら、会員になれば、うまくすれば3万円の海外旅行に行けるかもしれない!)という薄い望みがあって、それで話を聞き続けていたのだ。だけど、この望みはその一言と共に、音を立てて崩れ去った。

 (悔しいッ!だまされてたまるかッ!)と思うとぼうぜんとしてしまい、へなへなと力が抜けてしまった。(きっと、マインドコントロールから抜け出す途中の人は、こんな感じを味わうのだろう)と思ってしまった。


第2章 生兵法

 次回の電話がかかってきたのは同じ月の25日、木曜日の午後7時頃、夕食を食べ終わって間もない頃だったと思う。

電話 「もしもし、H――さんいらっしゃいますか?」
弟  「はい、ちょっと代わります」と言い、私に向かって(この間のアヤシイ人だよ)とささやきながら受話器をバトンタッチ。

私  「はい、代わりました」
電話 「日本サクセスのコーノです」
 電話線の向こうは女性、しかもカワイ子ちゃん声の人を使っている。「〜なのぉ」といった、ちょっと甘ったれた口調で話している。
 そうそう、この前もそうだったが、バックにはちょっとうるさいBGMが流れている。
電話 「今日初めてお電話したんだけどぉ……」

電話 「今、おいくつですか?」
私  「二十歳です」
電話 「じゃ、社会人ということ…」
私  「そうです」

電話 「休みの日はいつもどんなことをしておられるんですか?」
私  「ええと……」

 ついにチャンス到来。こっちがあらかじめ用意しておいた脚本がやっと使える! 相手のマニュアル応対を切り崩し、こっちのペースに流してしまうのだ。

私  「聖書の勉強会があるんです」
電話 「え、何の勉強?」
私  「聖書の勉強です」

 これは作戦だった。この当時、オウム真理教の強制捜査の模様が、うっとおしいくらいテレビで放映されていた。だから「宗教」と聞くだけで、全然関係なくても「それオウム?コワイッ!!」という反応が返ってきた時だったのを、思い出していただきたい。

電話 「(驚いたように)へえ、クリスチャンなんだ!」
私  「ええ。その他の時間は伝道活動に出かけたり」
電話 「じゃ、もう生まれてからその道ということで(注・正確な言葉は忘れてしまったが、おおかたこんな意味のことを言った)…」
私  「そうですね、それがきっかけと言えばきっかけですけど、今では自分で決めた道、ということでやってます」
電話 「じゃ最近、オウム真理教とかよくマスコミで取り上げられているけど、そういうのどう思う?」

 とっさの質問。でも宗教論争にならないようにうまく答える。

私  「……そうですね、……あれが“ホンモノの”宗教かどうかは、彼らがやっていることを見ればそこからわかるんじゃないでしょうか、それが私の考えです」
電話 「ああ、そう考えてるのね。……ふーん、クリスチャンなんだ……。結構忙しいのね。じゃ、これから将来、どんなことをしようと思ってるんですか?」
私  「そうですね、聖書の伝道活動をこれからも拡大しようと……」
電話 「ああ、そうなんですか。……それでは、どうも失礼しました」

と、電話が切れた。

 オウムアレルギーの世間で、あえて宗教ネタを出して、相手を引かせる作戦は大成功。その日の夕方、私が勝利に酔っていたことは言うまでもない。しかし、何とまだ続きがあると知ったのは次の日のことだった。


第3章 テレホンアポインターの逆襲

 次の日の夕方、私が出かけている間にどうやらまた電話がかかってきた らしい。

 弟が電話を取ったのだが、「どなたですか?」「ご用件は?」などとしつこく聞いていると、「そうやって聞くのなら、いいです」と勝手に電話を切られてしまったという。

 ちょうど家族でその「迷惑な」テレホンアポインターの話をしている最中だった。今は午後10時を回った頃。突然、電話がかかってきた。どうも、父が他の部屋で出たらしい。

……しかし、様子が変だ。電話線の向こうにいるのは、またあのテレホンアポインターだった。私たち家族は、電話に出ている父の周りで聞き耳を立てる。

 後の父の話を総合すると、大体こんな会話だったらしい。

電話 「もしもし、H――さんいらっしゃいますか?」
父  「どんな関係の方ですか?」
電話 「友達の、友達なんですが」
父  「どんなご用件ですか?」
電話 「聖書に興味があるので、H――さんから話を聞こうと……」

 何と、この手口があったとは! うまく私のすきをついたものだ! きっと、聖書に関心のあるふりをして、「聖書の話を聞きたいから、事務所まで来てくれない?」と言うつもりなのだろう! 全くすばらしい!

 もちろん、相手が誠実に聖書に関心があるだけなら、私も多少なり聖書には心得があるし、教えてあげることくらいたやすいことだ。そして、聖書を勉強していくうちに、聖書が悪質商法にかかわることを許していないことに気付いてくれるだろう。それならそれで、とてもうれしいのだが……?

父  「そうですか。それでは、女性の方には女性の方がついて聖書を教えることができるので、紹介しましょうか」
電話 「え、どうしてですか?」
父  「男女二人きりになって、(誤解など)問題が生じないように、必ず同性の人に来てもらって勉強することになっているんです。住所とお名前を教えていただけませんか」

 何気ない父のフォロー。だけど彼女にとって、それはカウンターパンチだったに違いない。

電話 「わたし、住所が決まっていないんです」
父  「いつも木更津市内にいるんですか?」
電話 「……じゃないんですけど……」

 その後、ちょっとした問答があったが、どうやら向こうは住所や名前がばれないように、うまくはぐらかそうとしていたという。結局、電話はテレホンアポインターの書いていた筋書きに反し、私にバトンタッチされる前に切れた。


 ありがとう父よ。この事件をきっかけに、やっぱり父は偉大だ、と思ってしまったことを付け加えておこう。

 結局、こんな女の子たちからの電話は、これを最後に、私にかかってこなくなったのだが……


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