何故、私は幼兒期より正字正假名に親しんでゐたか。兩親共“日本古來の傳統を守れよと靖國神社へ參る國粹主義者”なる故か?
否、否、否、斷じて違ふばかりか、逆に
「日本聖書協會 文語譯」。此は昔、
それはともかくとして、私は幼兒期にこの文語譯聖書を手垢が付くまで愛用したものでした。正假名遣ひ(歴史的假名遣ひ)ですが漢字には全部
しかし私は、大人と同じ聖書を使へないことが一寸不滿ではありました。「幼兒は歴史的假名遣ひなどといふ難しいものは、覺えられるはずがない」とハナから決め附けられてしまつたやうで、一寸殘念に思ひながら、口語譯で讀んでゐました。
實を言ふと、歴史的假名遣ひなどといふものは、幼兒期にこそ教へるなら効果が上がるものなのです。「歴史的假名遣ひは假名と發音が違ふ部分があるので覺えにくい」と言ふ人もゐるかもしれませんが、英語はどうでせう。英語の綴りと発音は、佛語や獨語など他の西歐言語に比べ法則に例外が多すぎます。しかし、マザー・グースの韻を踏んだ歌を歌つたりしていくうちに、子供たちも英語の綴りと発音の少し複雜な法則性を覺えていきます。
正假名遣ひも、現代假名遣ひより一見難しさうに見えますが、それでも例へば「は」や「へ」は語の頭では「ワ」や「エ」と發音しないなど、ある程度の法則はきちんとあります。正假名遣ひで教育された時代の子供たちは、それらの法則性を体で覺えてしまひました。それに加へ、江戸時代は變體假名だって子供たちはどんどん覺えてしまつたほどです。
漢字にしてもさうです。教育家の石井勲氏は「幼兒にとつては『鳩』といふ字が最も容易で、『鳥』が次、『九』が次、『はと』が最も難しい。」と述べてゐます。幼兒にとつて漢字とは繪記號のやうなものなので、子供に好奇心があり、教へる方法さへ良ければ、大人が想像してゐる以上にすぐ覺えてしまうものです。
しかしながら、私がこの飜譯を使つてゐたのは一九八〇年初め頃までで、それ以降は他の口語譯に全面的に切り替へる方針となりました。周りの大人は「やつと讀みやすい飜譯になつた!」といふ聲を發してゐましたし、私もさうは思ひましたが、一寸さみしい思ひも一方では殘りました。
三つ子の魂百まで。この文語譯を幼兒期に愛用してゐたことは、學校で古典を學ぶ時に大いに役立ちました。また、私にとつてこれは一時期、現代表記と同じくらい慣れ親しんでゐた表記であるため、今でも俳句や短歌を詠んだり個人的なメモを取るときなどには正字正假名をよく使つてゐます。
[*1]文語譯聖書は明治時代に(ヘボン式ローマ字で有名な)ヘボンをはじめとする飜譯グループにより飜譯された聖書であり、今なほ宗派を問はず多くの基督教徒に愛讀されてゐます。文語譯聖書愛讀者にとつて、ヱホバとは異端しか使はぬ言葉だなどと言はれるのは心外だし大變な誤解であつて失禮なことです。間違ひなきやう。ヤハウェの方が原音に近いらしいと云ふのが現在の定説ですが、昔から論爭の絶えない、どう音譯するかといふ問題は、藤原定家の「定家」を「ていか」と讀むか「さだいへ」と讀むかと同じで、些細な問題だと私は考へてゐます。
當時は文語體の
文語體には口語體に出せぬ獨特の雅やかな語感が特徴です。英文譯にも文語體のジェームス王欽定譯の例へば"Thou shalt not kill"(汝殺すなかれ)と他の現代語譯"You shall not kill"(あなた方は殺してはならない)の違ひがあり、今でも文語の欽定譯を愛用してゐる英語圈の
尤も、「全ての人に福音を傳へる」爲にも、「難解な文語譯でなく平易な口語譯を普及させるべき」との考へが現在主流ですが、それにしても現在の日本口語は囘りくどい譯になりがちな傾向があり、洗練された手短な言葉で表現する文語譯に學ぶ點も多からうと思ひます。
- ルツいひけるは汝を棄て汝をはなれて歸ることを我に
催 すなかれ 我は汝のゆくところに往き汝の宿るところにやどらん 汝の民はわが民汝の神はわが神なり 汝の死 るところに我は死 て其處 に葬らるべし若 死別 にあらずして我なんぢとわかれなばヱホバわれにかくなし又かさねてかくなしたまへ(ルツ一ノ十六、七)- 然(さら)ばかれらはヱホバてふ
名 をもちたまふ汝のみ全地をしろしめす至上者 なることを知るべし(詩篇八十三ノ十八)
- 鞭をくはへざる者はその子を憎むなり 子を愛する者はしきりに之をいましむ(箴言十三ノ二十四)
- われはシヤロンの
野花 谷の百合花 なり(雅歌二ノ一)斯 てかれらはその劍をうちかへて鋤となし その鎗 をうちかへて鎌となし 國は國にむかひて劍をあげず戰鬪 のことを再びまなばざるべし(イザヤ二ノ四)幸福 なるかな、心の貧しき者。天國はその人のものなり。(マタイ傳五ノ三)- 「目には目を、齒には齒を」と云へることあるを汝ら聞けり。されど我は汝らに告ぐ、惡しき者に
抵抗 ふな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ。(マタイ傳五ノ三十八、九)
- 「なんぢの隣を愛し、なんぢの仇を憎むべし」と云へることあるを汝等きけり。されど我は汝等に告ぐ、汝らの仇を愛し、汝らを責むる者のために祈れ。(マタイ傳五ノ四十三、四)
- 求めよ、
然 らば與 へられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん。(マタイ傳七ノ七)太初 に言 あり、言 は神と偕 にあり、言 は神なりき。この言 は太初 に神とともに在り、萬 の物これに由 りて成り、成りたる物に一つとして之 によらで成りたるはなし。(ヨハネ傳一ノ一〜三)
とりわけ、此の聖句は文語譯の名文として有名です。「
- この故に我なんぢらに告ぐ、何を
食 ひ、何を飲まんと生命 のことを思ひ煩ひ、何を著 んと體のことを思ひ煩ふな。生命 は糧にまさり、體は衣に勝るならずや。空の鳥を見よ、播 かず、刈らず、倉に収めず、然るに汝らの天の父は、これを養ひたまふ。汝らは之よりも遙かに優るる者ならずや。汝らの中たれか思ひ煩ひて身の長 一尺を加へ得んや。又なにゆゑ衣のことを思ひ煩ふや。野の百合 は如何 して育つかを思へ、勞せず、紡がざるなり。然れど我汝らに告ぐ、榮華を極めたるソロモンだに、その服裝 この花の一つにも及 かざりき。今日ありて明日、爐 に投げ入れらるる野の草をも、神はかく裝ひ給へば、まして汝らをや、ああ信仰うすき者よ。(マタイ傳六ノ二十五―三十)