用語解説

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 本サイトに登場する用語の意味を簡単に解説します。

旧仮名(遣)・歴史的仮名遣・正仮名(遣)/新仮名(遣)・現代かなづかい・現代仮名遣い

 「仮名遣」とは、厳密には、「い・ひ・ゐ、え・へ・ゑ、お・ほ・を、など、同じ音に対する仮名の書き分け」の意味です。

 現代かなづかい以前の表記では、簡単に説明すると「古代の書き方をお手本にして仮名を書き分ける」方式を採用し、皆さんご存知の様に、その「古代の書き方」とは古代の発音に従った書き方だったのですが、発音が変化した後も、ご先祖達は書き方の決まりを今の発音通りに変更する必要性までは感じませんでした。細かな決まりで流派はあれども、大筋、つまり「昔の書き方に倣って書く」事だけは一貫してました。

 「日本語だけ後れた書き方の決まりを採用した」のではなく、英語をはじめ多くの外国語では「発音よりも昔の書き方を優先する」方式です。一見難しく見えますが、英語だとnationとnational、CanadaとCanadianなど、発音は異なっても同じ語源だとすぐにわかる利点もあります。日本語でも、「稲妻」を現代仮名遣いでは「いなずま」と書きますが、「いなづま」と書いた方が「いね」+「つま」の関係がわかりやすくなります。

 現代かなづかい以前からある仮名遣をまとめて「旧仮名(遣)」と呼びます。「歴史的仮名遣」「正仮名(遣)」は、まるで同義語の様に使用される事が多いのですが、厳密な区別としては、「旧仮名遣の中の一つの流派」です。最初に仮名遣の決まりを文章にまとめたのが、小倉百人一首の選者としても有名な藤原定家(そしてこの仮名遣を「定家仮名遣」と呼ぶ)ですが、江戸時代に契沖が過去の文献の研究により、定家のまとめた仮名遣の細かな部分を修正し(「契沖仮名遣」)、現代では「歴史的仮名遣」とか「正仮名(遣)」と呼ばれる様になりました。私達が普段接する事の多い旧仮名遣は、契沖の方式を受け継いだ後者です。

 そして「新仮名(遣)」とは、仮名遣(=仮名の書き分け)の大部分を廃止し根本から改革した、昭和21(1946)年の「現代かなづかい」と、昭和61(1986)年に改訂された「現代仮名遣い」の事です。

旧漢字・旧字(体)・正字(体)・康熙字典体/新漢字・新字(体)

 戦後の国語改革では、一部の漢字の字体も変更されました。変更前のものを「旧漢字」「旧字(体)」「正字(体)」、変更後のものを「新漢字」「新字(体)」と呼びます。

 厳密には、「正字(体)」は別の意味で使用される事もあるのですが、「新字(体)」との対比で出てくる場合は、大抵この意味です。

 漢字の標準的な字形のお手本となってきたのが、中国で編纂された字典でした。楷書体については、科挙の採点の都合から標準的な字形を決める必要性に迫られて、唐代に「干禄字書」が作られました。明朝体の字体のお手本として昔から参考にされてきたのが、一七一六年に清の康熙帝が編纂した「康熙字典」です。そして、康熙字典の漢字字体を「康熙字典体」と呼びます。しかし、康熙字典は皇帝の本名の最後の一画を「畏れ多いから」と、わざと欠いた字形(「玄」の字の最後の点のない字など)を採用する等、一部問題もあるため、「細かな部分は康熙字典体と異なるが、大筋は康熙字典に倣った、近・現代の日本で正統とみなされてきた活字体」を「所謂康熙字典体」と呼ぶ事もあります。

 新漢字の多くは、昔からの楷書や行書の書き方や、昔からの略字を、活字体にも取り入れたものです。活字文化に手書き文字の習慣を取り入れる問題や、略字を正式な字に格上げする問題はありますが、新仮名遣よりはまだ歴史的根拠があります。

 ここで一言。戦後の国語改革は「正しかった」、そして「旧字旧仮名は過去の表記として保存したり研究する分にはいいが、現代の言葉を書くのは別で、今でも旧字旧仮名に固執するのは愚かだ」とみなす人々(国語の専門家にも多い)は、旧漢字や歴史的仮名遣を指して「正字(体)」「正仮名(遣)」と呼ぶのを非常に嫌がる事がありますので、くれぐれもご注意下さい。必ずしも「旧字旧仮名や古文に詳しい人」=「現代の言葉として旧字旧仮名で書く事にも好意的な人」ではありません。

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